宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘の地巌流島に行きました。

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①門司港②下関唐戸港③巌流島は互いにトライアングル型に船が行き来しています。①②間の関門連絡船は所要5分、①③と②③間の巌流島航路は所要10分です。


料金は、①②③を行き来する場合は、1日乗り放題のトライアングルフリーパスが大人1,000円、小人500円でお得です。


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関門橋を背にしていますが、怪しい雲が!


天気予報は曇りであり、時々陽もさしましたが、上陸直前に突然の雨!島周辺のみ雨雲が広がっていました。


桟橋から休憩小屋まで濡れながら慌てて走りました。

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息子は、決闘の聖地でサッカーの秘密特訓を行う予定でしたが地面もぬかるみプンプン!

1612年(慶長17年)4月13日、宮本武蔵と佐々木小次郎がこの島で決闘をしました。


決闘の約束日時は、1612年4月13日辰の刻(午前8時)でしたが、武蔵が島に到着したのは巳の刻(午前10時)でした。


武蔵の遅参に怒った小次郎は、鞘を投げ捨てます。その行為に向けて武蔵が「小次郎破れたり!」


勝負は、櫂を削った木剣での一撃で武蔵の勝利に終わりましたが、敗者を思う地元の人々は敗れた小次郎の流派である「巌流」を島の呼称としました。

島の形が舟に似ていたことから正式には「船島」となっています。明治以降埋立が進み、昭和48年までは有人でした。現在は観光客用に遊歩道とトイレが整備され公園風になっています。加えて釣り人用の波頭が整備されています。


晴れていれば関門海峡をぐるりと見晴らすことができるでしょう。


この写真は
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憩いの広場

向こう側には造船所のクレーンが見えます。


1987年10月4日、この地(多分)でアントニオ猪木とマサ斎藤が、無観客、時間無制限、ノーレフェリーでデスマッチを行いました。


先に島に到着した猪木選手が、遅れてきた斎藤選手を2時間15分14秒スリーパーホールドで絞め落とし勝利しました。


その後、NHK大河ドラマによる観光機運の高揚を受け、2002年12月には小次郎像、2003年1月には武蔵像が完成しました。

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雨の影響で、銅像を眺める観光客も少なく砂かぶりで2人の決闘を眺めることができました。


しかし、雨は止まず我が家もわずか20分で島を後にしました。


巌流島行きの乗船チケットを購入するとプラス100円で「巌流島上陸認定証」の申し込みができます。

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10日後に自宅へ郵送されてきました。


巌流島は何の変哲もない平地の干拓島ですが、訪れる方々が各々の想いを胸に上陸すればいろんな情景が浮かび上がる。そんなロマンに溢れた島だと認識できました。