日本武道館に行きました!

亭主は、プロレスが好きなのに、コンサートが大好きなのに、また、合気道有段者で武道を志す者の(端くれ)なのに、一度も日本武道館へ参ったことがありませんでした。

今日は初武道館です!

爆風スランプの名曲「大きな玉ねぎの下で」のとおりに地下鉄「九段下」駅を経由して参じました。

九段下の駅をおりて坂道を~

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人の流れ~ 追い越して行ーけばー
(少しばかり飛ばしてじゃまにならないように追い越しました。)

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たそがれどき~(じゃなく真夏の炎天下~)

まもなくです。

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田安門(たやすもん、櫓門)1636年築=国指定重要文化財があります。

さあ、そこには大きな玉ねぎがあるはずです。

初武道館です。
わくわくします!

さあ、屋根が見えた~

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ん?

玉ねぎが・・・


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がーん!
玉ねぎがネットに入っとるっ!

後にHPを見たところ「屋根の改修中」だそうです。

そうですね。五輪前ですもんね。

正面から

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引きが足りない!

屋根の上に光る玉ねぎ(擬宝珠)の姿は、また次回拝ませていただきます。

ところで、「擬宝珠(ぎぼし)」の起源は諸説あり、一つは仏教における宝珠から来ているとするものである。宝珠は釈迦の骨壺(舎利壺)の形とも、龍神の頭の中から出てきたという珠のこととも言われ、地蔵菩薩などの仏像が手のひらに乗せているものである。 この宝珠を模した形から模擬の宝珠という意味で擬宝珠とつけられたというもの。

もう一つはネギのもつ独特の臭気が魔除けにもなると信じられ、その力にあやかって使われるようになったとする説であり、擬宝珠という用字は葱帽子、葱坊主に後から付けられた当て字であるとするもの。橋や神社など仏教建築以外でも使われることの説明にもなる。

以上、Wikipediaからの引用です。玉ねぎのように見えるのではなく、玉ねぎを模して作られたのかもしれませんね。

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日本武道館HPより

富士山の裾野を引くような流動美の大屋根に武道の精神を表徴して、日本武道館は壮麗雄大な姿を皇居・北の丸の杜に現わしています。この日本武道館は、武道を愛好する国会議員各位の熱意と、政府、財界並びに国民の総意による力強い支援によって創建されました。建設は、天皇陛下の御下賜金のもと、国費と国民の浄財およそ20億円をもって、1963年(昭和38年)10月に着工、工事期間わずか12ヵ月、関係者の昼夜を分かたぬ奮闘によって、1964年(昭和39年)9月、世界に誇る日本武道の大殿堂が見事に完成しました。そして、同年10月3日、開館式の後、天皇皇后両陛下をお迎えして「演武始めの儀」が弓道、相撲、剣道、柔道の順で行われました。(日本武道館HPより)



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例年、この時期にはいろんな武道の錬成大会が開催されています。この日は「なぎなた」が開催されていました。もちろん「合気道」も別日に開催されています。

観覧自由でしたので場内に入ることができました。恵まれました!

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3階席からの眺め
あの場で合気道の演武をやってみたい!とほんの少しだけ思いましたが、実に恐れ多いことです。


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通常の体育館やアリーナは長方形ですが、武道館は八角形です。360度どの角度からも演武や競技をしっかりと見ることができます。

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2階席からの様子です。客席には傾斜がありコンサートなども見やすいのではないでしょうか?

日本武道館では各種グッズも販売されていました。
ついつい、タオル、手ぬぐいなどを買って帰りました。

また、大きな玉ねぎが光る時に再訪したいものです。

さて、九段下まで来たのですから、靖國神社を参拝することにしました。

靖國神社は幕末から明治維新にかけて功のある武士に始まり、黒船来航以降の日本の国内外の事変・戦争等、国事に殉じた軍人、軍属等の戦没者を主な祭神として祀る神社です。

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境内入り口を標示する第一鳥居は1921年(大正10年)に「日本一の大鳥居」として建てられ、風雨による損傷のために1943年(昭和18年)に撤去され、その後、1974年(昭和49年)に銅鳥居として再建されました。柱の高さが約25メートル、笠木(上の横木)の長さは約34メートルあり、重量は100トン。表面の色は塗装ではなく錆の色です。

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第二鳥居は1887年(明治20年)の建立で、青銅製。現存の靖国神社の全4基の鳥居の内では最も古いものであり、また青銅製の鳥居としては日本一の規模です。

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中門鳥居は2006年(平成18年)に建て替えられた素木鳥居。以前には扉が付いており、元々は門として機能していました。神門は三間三戸の切妻造銅板葺で高さ6m、檜造り。伊東忠太の設計により1934年(昭和9年)に完成しました。中央間の扉には直径1.5メートルの16弁の菊花紋章が付けられる。この中央間を戦前は儀仗兵が列姿を乱すことなく潜れたといいます。

今回は神門まで参りましたが、時間が許せば正式に参拝してみたいものです。